2006.08.11

「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」遥洋子

 口喧嘩の技術について、さすが東大教授。すごすぎる。

 「相手にとどめを刺しちゃ行けません。」(略)
 「なんで?なんでとどめを刺しちゃいけないんですか?」
 「その世界であなたが嫌われ者になる。それは得策じゃない。あなたは、とどめを刺すやり方を覚えるのではなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて帰りなさい。」
 私は鳥肌が立った。やっぱ、本物だ、と思った。
 「議論の勝敗は本人が決めるのではない。聴衆が決めます。相手をもてあそんでおけば、勝ちはおのずと決まるもの。それ以上する必要も、必然もない。」(P15)

 筆者は、ケースワーカーをしていたときに、よく、チンピラに絡まれて、いつも、口喧嘩で負けていました。なぜ負けるのか?よくわかりました。
 まず、開き直ること。弁解すれば防御になる。開き直れば、防御の必要がない。たいていの人は、開き直ることができないので、口喧嘩に負けてしまう。
 怒った方が勝ちと思われているが、本当は違う。頭に血が昇れば、頭が真っ白になり、言いたいことが言えなくなるのです。こうなってしまうと、言われっぱなしのサンドバッグ状態。だから、相手を怒らせた方が勝ちなのです。あるいは、怒ったふりをして、相手を動揺させること。怒ることと、怒ったふりをすることは、まったく違います。
 ついでに言えば、「なんでや」と質問攻めにすること。相手は、答えを考えるのに忙しくなる、質問のスピードが勝れば、パニック状態になってしまうのです。
 

「マネー・ボール」マイケル・ルイス

 ヤンキースの1/3の年棒で、毎年、プレーオフに進出している貧乏球団アスレチックスのカリスマGMの話です。
 結局、メジャーリーグ界も、他の業界と同じく、特別な世界ではないとわかります。どこの世界でも通用する合理的で効率的な方法があるのです。
 私たちは、他の世界については改革を求めながら、自分の所属する世界については、特別な理由を列挙して、今のままでいいのだ、と主張します。野球界とは、その最たるものでした。最高なのが、ドラフトの場面です。他の球団とは、新人選手の評価基準がまったく違うので、アスレチックの指名する選手に対して、他の球団が嘲笑するほどでした。その結果、他の球団が指名しない選手を指名するために、思い通りの選手補強を重ねていきます。トレードもしかり。
 楽しく読めます。

「アテネの空に日の丸を!—水泳ニッポン復活の戦略」上野広治


 日本代表水泳チームのヘッドコーチである上野広治さんの著書「アテネの空に日の丸を!—水泳ニッポン復活の戦略」を読みました。水泳だけではなく、いろんなところに応用が効き、学ぶことが多く、お勧めです。
 上野広治さんは、高校教師ですが、8年前、史上最強チームと言われながらアトランタオリンピックでメダルゼロの惨敗に終わった日本代表水泳チームの立て直しを頼まれたそうです。そこで、訴えたのが、「速いものが勝つのではなく、強いものが勝つ。」平たく言えば、メンタル面の強化ですが、


 そのために、孤独との戦いである、個人競技(競泳)をチーム競技に変えました。各選手に、チームの一員であるという意識を徹底させたのです。そのことによって、選手は、孤独から解放されたのです。
 北島選手が、ある大会で負傷しながら、入院治療を、まだ、試合は終わっていない(自分の試合は終わったが他の選手の試合は終わっていない意味)と拒んだエピソードなどが書かれています。各選手がばらばらに勝負するのではなく、チームとして戦うという気持ちが表れています。
 一時期、「自分のためにだけ頑張れ」みたいなマスコミの風潮があり、それとともに、日本スポーツ界の成績が低迷していったように思います。人は、自分のためにだけなんか、頑張れないのではないでしょうか。また、自分だけの力で勝てる選手など、一人もいないのです。最後に勝者と敗者を分けるのは、人間としてのトータルな強さ。

 単に身体能力に優れたものが、勝てるというものではないということがわかりました。

「巨額を稼ぎ出すハローキティの生態」ケン・ベルソンほか

 キティちゃん、およびサンリオについて、外国人の目から書かれた本です。
 日本独特の「カワイイ」文化を分析しています。秀作ですが、一方で、外国の人には、理解できないのかな、とも思います。
 しかし、モーニング娘。が受けるのも、日本ぐらいでしょう。素人っぽさがプラス評価されるのも。
 日本はつくづく不思議な国だと思いますが、そこに安らぎを感じてしまうのも、筆者が日本人であることを、実感します。

「なぜ、この人たちは金持ちになったのか」トマス.スタンリー

 題名はチープですが、内容はすばらしい。
 現代版の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」といって良いでしょう。
 マックス.ウエイバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は、「なぜ、西欧だけが世界に先駆けて、資本主義を得て豊かになったか」を論証した古典的名著です。簡単にいえば、宗教改革の結果に生じた西欧市民の生活スタイルの変化、つまり、仕事においては勤勉を、生活においては質素を、実践した結果としての豊かさ、だというのです。
 これが現代においても、まったく生きていることを、実証したのが本著です。

著者は、1371名の大金持ちを調査し、分析した結果、「金持ち」の生活スタイルが、一般に思われているのとは大きく違うことを明らかにしました。一般に、「金持ち」とは、派手な衣装に身を包み、贅沢三昧な生活を過ごしている人種だと思われています。しかし、実際に贅沢三昧な生活をしている人たちの多くは、収入も多いが支出も多く、借金漬けのひとたちだというのです。
 実際の「豊かさ(資産)」を手にしている金持ちの実像は、質素で安上がりな生活を自ら好み、仕事好きで汗水たらして働いているような人たちだといいます。なるほど。

 筆者は、福祉の世界に深く関わっていた時期がありますので、最低水準以下の生活をしていると認定され生活保護を受給している人たちの生活に深く関わったことがありますが、生活保護を受けている人たちの金遣いの荒さは、尋常ではありません。ご飯を作るのがめんどくさいといって、すぐにコンビニやファミレスで用を足し、歩くのがしんどいといって、すぐにタクシーにのる。生活保護受給理由の多くを占めるのが「病気」ですが、このほとんどは、怠惰やぐうたらから生じる節制不足が原因じゃないかと思います。

 
 豊かさをもたらす支出と、浪費に過ぎない支出があります。浪費を、豊かさと勘違いしている人と、貧しさの現れと考える人、価値観の違いが、貧乏人と金持ちの分水嶺だと思います。
 例として。ひとつの傾向として、金持ちは、休日を、(スポーツクラブに入っている)子供の試合や、お稽古ごとの発表会などに費やすことが多く、安上がり、であるのに比べ、貧乏人は、金のかかる消費型のレジャーを好む、とあります。何をするにもお金がかかるのが、貧乏人のライフスタイルであり、安上がりなのが金持ちのライフスタイルだといいます。
 

 金持ちと貧乏人の分水嶺は、内面的なものなのです。

「金持ち父さん、貧乏父さん」ロバート.キヨサキ

 非常に分かりやすい本ですが、柔軟な頭で読まなければ、わけがわかりません。先入観や知識のせいで、内容が理解できないかもしれません。
 この本で書かれているのは、二種類の人間。つまり「お金のために自分が働く」人間と、「自分のためにお金が働く」人間について、です。後者のほうがいいに決まっているのですが、多くの人は、(能力ではなく)欲望と恐怖のために前者の道を選んでいるのだ、とキヨサキ氏は説きます。

非常にお勧めの本です。以下、いくつか本文から抜粋します。

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「私はいかにして日本信徒となったか」呉善花

 韓国人との間で感情の行き違いになった人は多いと思います。

「日本では『親しき仲にも礼儀あり』を重んじるが、韓国では逆に『親しき仲には礼儀なし』を重んじる。(略)韓国では、仲のいい間柄、家族同様の間柄には、距離があってはいけない。それはとても失礼なことなのだ。P42」

 

 「また、日本人は『友だちに迷惑はかけられない』といういい方をよくする。
 (略)相手に負担をかけることを、極力避けようとするのだ。これは、韓国の友だち関係とはまったく反対だといってよい。
 日本にいて私がもっとも辛かったのは、この友だち関係のあり方の違いだった。P47」

 日本での美徳が、韓国では悪徳です。
 生まれ育った、文化が違えば、違うのです。

 もう一つ。
 「経済的に困っている親戚なり知人がいた場合、韓国人ならば、目の前でパッとあるだけのお金を渡すなりして助ける。しかし、日本人は、それをしない。そればかりか、お金をあげることに罪悪感さえ感じる人が多いようだ。
 これも、当時の私には理解できないだけでなく、許しがたいことに思えた。
 日本人の説明によると、人を経済的に助けてあげようとすれば、その人の上に立って施しを与えることになり、失礼に当たる場合があるという。
 およそ、理解を絶していた。P58」

 日本風がいいとか、韓国風がいいとか、どちらとも言えないと思います。しかし、私は、日本人であり、日本風があっているということを、強く感じます。

 著者が、在日16年の体験から、徐々に日本社会や日本人の心に入り込んでいく体験をありのままの観察として書いた本です。日本人と韓国人は、同じではありません。違うということを認めて、初めて相互理解が生まれるということが、わかります。かなり、おすすめです。

「新しい「中世」〜21世紀の世界システム」田中明彦

たまたま、本屋で発見した本ですが、優れものでした。

 21世紀の世界は、20世紀の工業社会と対比して、情報社会と言ってよいと思いますが、ヨーロッパ中世のような世界になるという著者の予測です。特徴は、「主体の多様性」と「イデオロギーの普遍性」。

その主張は、大前研一氏の「地域国家論」に通じるところがありますが、
 主権国家の影響力の低下、については、もはや、議論の余地なしと思います。(ただ、左翼市民のいうような国家不要論には、永久にならないと思いますが。)
 イデオロギーの普遍性については、どうなんでしょうか。筆者は、イスラムと欧米の「文明の対立」など、本質的ではないと考えています。だって、プロテスタントとカトリックでさえ、長い間、凄惨な抗争をしてきたんですから。パレスチナ問題も、本質は経済格差の問題だと思います。
 筆者の主張は、先進国においては、まったく同感です。後進国がついてくるには、まだまだ遠いようですが。

「毛沢東秘録」産經新聞『毛沢東秘録』取材班

共産主義が、いかに怖い思想かが、非常によくわかります。

毛沢東時代の中国とは、もっとも共産主義らしい共産主義が実践された時代だと思います。
 青二才の学生が、平然と国家主席を批評し、国家主席が自己批判しなければならない社会。日常生活よりも革命が優先される社会。ほんの30年ほど前、日本の知識人たちは、この中国の社会を、絶賛していたのです。

 いつの時代も、若者の主張には、それなりの理由があります。しかし、経験の伴わない正論は、しょせん、机上の正論に過ぎません。耳を傾けるべき部分はあるでしょう。しかし、毛沢東は『造反有理』(反抗するにはわけがある)という合い言葉、のもと、若者の反抗を、国家の政策の上位に置いてしまったのです。若者は、好き勝手、反抗し放題、国家の要人は、それに対して、いちいち謝罪し続けねばならず、国の運営は滞ってしまったのでした。
 国家主席(中国で一番偉い人、のはず)の劉少奇氏も、若者にぼこぼこに殴られ死にました。しかし、その若者たちは、罪に問われることはありませんでした。
 当然のことながら、文化大革命の期間、国家の運営は停滞し、2000万人が餓死したと言われています。
 毛沢東の思想は、カンボジアのポルポト派を初め、各国に影響を与えていきます

「すべては一杯のコーヒーから」松田公太

 タリーズコーヒーを創業した松田公太氏の自叙伝です。(まだ、30代前半ですが)
 さらさらと読みやすいですし、タリーズコーヒーが生まれ発展していく過程がわかりやすく、記されています。私は、同類の本は結構、好きで、「社長失格」の板倉 雄一郎氏や、サイバーエイジェントの藤田氏の本も読みましたが、いちばん、感情移入できました。肩肘はったところもないですし。
 若くして、起業し、上場そして、億万長者になっていく青年起業家たちと、私を含む、平凡サラリーマンの違いなんて、ほんのちょっとしたものなのだと分かります。しかし、そのほんのちょっとが、彼らには簡単に越えられ、私たちには、とても高いものなのです。皆に共通しているのは、前向きなこと、楽天的なこと。(そこは、私も共通できるかも)起業物って、勇気づけられます。
 しかし、金なし、コネなし、の普通のサラリーマンがここまでできるなんて、ほんと、いい時代に生まれました。

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