ワコム
かつて、セルシスという銘柄を取り上げました(保有銘柄)。コミック制作という《ニッチ市場で圧倒的なシェアを持つ企業(=このブログでは「チンプ」と読んでいる)》ですが、そのときに同じように気になったチンプ企業があります。というか、セルシスよりも将来スケールが大きいと思っていましたが、旬でないような気がして後回しにしていました。それが、ワコムです。ペン入力のタブレットで、世界で86%、日本で95%のシェアを持っています。私も数年前に、(ペン入力)タブレットを購入しましたが、事実上、ほかに選択肢がありませんでした。
経営者が以前、統一教会員だったみたいで、ネット上では「ユーザー登録すると統一教会に勧誘される」というデマがありますが、私もユーザー登録していますが、そういうことはありません。今は、完全に関係を絶っているとのこと。
セルシスの投稿では「ワコムのタブレットはまだまだ改善の余地が大きいと思いますが。」と書いてしまいましたが、後で調べてみると、ずいぶん技術改良は進んでいるようでした(失礼しました)。
顧客としてはエンターテインメント産業。例えば、CGを多用する映画、アニメーション映画の描画、ゲームソフト画像、などの制作現場です。それから、アマチュアのユーザー。これまでも、十分に立派な業績を残しているのですが、私がこれまで投資の対象と考えなかったのは、市場が(右肩上がりではあるが)限定的で、しょせん、ニッチ市場かな、と思っていたこと、そのわりには割高だったことでした。
その認識が変わってきたのは、iPhoneを日常で使い始めてからです。(ペン入力)タブレット市場のすぐ隣にあるタッチパネル市場の将来は、とてつもなく大きいのではないかと思い始めてきました。ワコムは、そのタッチパネル市場でも存在感を発揮し始めています。
ワコムの事業分野としては、(カッコ内前年売上)
1 電子機器事業
(a)プロフェッショナルグラフィックス・タブレット(96億円)
(b)コンシューマグラフィックス・タブレット(93億円)
(c)液晶一体型タブレット(77億円)
(d)コンポーネント(65億円)
2 ECS事業(7億円)
(a)電気設計用CAD分野
(b)PDM(製品情報管理)分野
急成長タッチパネル事業は、1の(d)になります。
液晶ディスプレイの未来が、軽くなり、薄くなり、柔らかくなり、いずれ、「どこでもディスプレイ」の時代が来ることは間違いないと思います(時間がどの位かかるかわかりませんが)。そのとき、その液晶ディスプレイは、描画するだけでしょうか。なんらかの操作は必要ですよね。そこから、夢想していくと、将来は「どこでもタッチパネル」の時代が来るような妄想に取り付かれてきました。もちろん、その場合のタッチパネルとは、「タッチして選択」というレベルではなく、少なくとも「紙への書き込み」以上の操作感が必要です。そう考えると、ペンタブレットの世界で既に、ユーザーの微妙な癖や筆圧まで感知できている(例えば、フランスの電子公正証書システムにワコムのペンタブレット「Cintiq 12WX」が、採用されるなど海外で実用が始まり、日本でも手書きサイン入力専用ペンタブレットが販売開始されました。)技術を、タッチパネルへ転用し始めているこの企業はペーパーレス時代の本命ではないかと…。まあ、そんな時代がいつになるかわかりません。
参考までに、次のようなニュースも。
「ワコム(Wacom)、液晶ペンタブレットで東京証券取引所が会議のペーパーレス化を促進」
「ワコム(Wacom)、文部科学省が推進「学校ICT環境整備事業」に対応、「電子黒板」の導入を促進」
私が夢見るような「どこでもスクリーン、どこでもタッチ」。それは、トイレの壁にかかっているカレンダーに写っている風景が、リアルタイムの南アルプスの映像とかで、スケジュールがネット上のクラウドと同期されていて、というようなイメージですが、これが実現できるとしたらワコムの技術を使うしかありません(今のところ)。そのときは、現在の時価総額746億円は、何十倍にもなるかもしれません。問題は、その時代が、どれぐらい先なのか、ということです。今のところ、一部の特許が切れても、関連する特許でつなぎという戦略で、牙城を守っていますが、まあ、時代が進むスピードは早ければ速いほど、ワコムにとっては良い。
さて、タッチパネルですが、その仕組みについては、TDKのページがわかりやすいです。簡単に書くと、タッチパネルには多種ありますが、携帯電話などで使われているのは「抵抗膜方式」「静電容量方式」の2つです。「抵抗膜方式」は、今のところ、携帯電話の主流で、コストは安い(3~5ドル)が、耐久性も透過率も低く、マルチタッチは最大で2つまで(2本の指)。一方、「静電容量方式」は、コストは高い(12~15ドル)が、性能的には優れているということで、徐々に増えてきています。iPhoneの場合は「静電容量方式」で、3本指タッチまで対応しています(2本指のタップと3本指が、違うということを知らずに故障と勘違いして販売店に駆け込んだことがあります)。ただ、これらの携帯電話用と比べて、PC用は、サイズが大きくなり、使用想定用途も複雑となり、要求される技術レベルはずいぶんと高くなるようです。
一方、ワコムがこれまでペン入力用に採用していたのが「電磁誘導方式」。これ自体は、マルチタッチではないのですが、19年度に静電技術を持つ米国のTouchKO社を買収し、ワコムのデジタル信号処理ICの技術を融合させて、今年9月からマルチタッチに対応する「静電容量/電磁誘導方式」のタッチパネル量産を開始しています。ワコムの説明資料によると、無制限の指を毎秒100回以上の認識速度、0.5mm以上の高精度で認識するところまで技術はきているということです(こちらの発表「ワコムがマルチタッチ対応ディスプレイタブレットの試作を公開」も参考に)。要するに、技術レベルで、他企業を圧倒しているということです。現在は、タッチパネルと言っても、それほど複雑な操作が要求されているわけではありません。しかし、今後、ソフトのレベルが上がるに従って、タッチパネルに要求されるレベルも上がることになり、ワコムに有利に働きます。
マイクロソフトのWindows7認証を受けたメーカーは十数社ありますが、パソコン大手に食い込めているのは、イスラエルのN-tringとワコムぐらいとのこと。N-tringは、量産化には先行しましたが、ワコムと比べて質、コスト両面で難があるようです。
Windows7の発売により、富士通、レノボ、東芝、HPなどのノートPCに次々と採用されていますが、PC用タッチパネルの供給体制を、現在の月10万台から、来年夏には50万台へ引上げる予定で進めているということです。これだけでも、売上はけっこう伸びます。会社側は、高性能高価格と低性能低価格に二極化すると見ており、高価格のほう、パソコン用タッチパネルの来期シェア50%を目指すそうです(記事)。具体的には、ワコムは、基幹部分のみブラックボックス化して自社生産し、それ以外はEMS各社を利用しているそうで、パートナーを探していることになります(自社生産比率1%、国内委託15%、海外委託84%)。
ワコムの強みですが、これは、HP上のF&Qにこのように書かれています。
貴社の特徴や強みは何ですか。
1 高い技術力です。世界初を実現したコアテクノロジーをはじめ、様々な特許を取得しております。
2 タブレット世界シェアNo.1、電気系CAD国内シェアNo.1のブランドであることです。
また、昨年販売されましたタブレットPCのペンセンサーテクノロジーは、多くのPCメーカーが当社のセンサーを採用しています。
3 グローバルな事業展開をしているところです。世界の各地域に最適化した研究・開発・販売体制をとっております。
1と2については、既に書いたとおりですが、3のグルーバルな事業展開については前期のビジネスレポートで次のように書かれています。
ワコムは、マーケティング、商品企画、開発、製造、SCMなど事業展開の基幹となる機能をそれに適した地域で展開し、事業効率の最大化を図っています。(マーケティング・商品企画) プロフェッショナル向け製品は、ハリウッドでの映画産業に代表される最先端のグラフィックス市場を 持つアメリカにおいて、また、個人のコンシューマ向け製品は、多 様な言語と文化を持ち市場競争も激しいヨーロッパと消費者ニー ズのレベルが高い日本において、それぞれマーケティングと商品 企画を進めています。その他にビジネス向け製品の商品企画は、 ビジネス需要の強い日本やヨーロッパに加えアジア・オセアニア が主導地域となっています。
(開発) 製品のハードウェア開発は技術開発のインフラが整って おり、かつ生産拠点のある中国や台湾から地理的に近い日本が担 当しています。一方、パソコンなどでペンタブレットを動かすため のドライバー・ソフトウェアの開発は、Windowsなどのパソコン標 準OSへの対応が不可欠なため、マイクロソフト社やアップル社といった世界的なOSメーカーの拠点があるアメリカで行っています
(製造) キー・テクノロジーに関わる部品製造を日本に残しなが らも、コスト競争力向上を図るために、製品の生産拠点を中国や台 湾などのEMS(電子機器製造委託)にシフトし、それらの生産ラ インを当社が適確に指導することで最終製品の品質レベルを確 保 し て い ま す 。生 産 拠 点 の 移 動 に 合 わ せ て S C M ( 生 産 ・ 物 流 管 理)の拠点も中国に設けています。
さらに海外展開当初より海外現地法人の設立、社員の現地採用を 図り、地域への浸透を進めてきました。また一方で、定期的に開く 国際会議などを通じ各拠点の経営幹部が将来ビジョンや事業戦略 を共有することでグローバルとローカルの両方の視点を融合させ、 当社のグローバルリーダーシップを確固たるものとしています。
グローバル企業ですね。長年にわたりマイクロソフト、アップル他のIT企業との関係が構築できていることも、今後、有利に働くと思います。
決算の推移を見てみます。
- | 売上高 | 経常利益 | FCF |
17.3 | 17,650 | 1,851 | 1,138 |
18.3 | 23,992 | 3,387 | 2,178 |
19.3 | 28,787 | 4,638 | 3,434 |
20.3 | 36,739 | 5,581 | 1,922 |
21.3 | 33,809 | 4,179 | 304 |
上記の数字の主力は、会社側が「安定成長」と位置づけているニッチなタブレット市場ですが、(前年度除いて)けっこうな伸びです。理由は世界に市場が広がっているからです。日本市場の売上割合は、17.3の53.2%から21.3には37.8%に低下。一方、米国、欧州、の割合は増え続け、特にアジア・オセアニア地域は、17.3には2.1%でしたが21.3には9.5%まで伸びています。今年度後半から、会社側が「急成長」と位置づけるタッチパネルが本格寄与してきます。
フリーキャッシュフロー(FCF)が、20.3で下がっているのは、前述のTouchKo社買収とか財テクとかがあったからで、そんな心配は要りません。21.3は、不況要因でかなり下がってしまいましたが、それはしょうがない。暴風雨のなかで行われた競技会で、良いタイムを出せ、とスポーツ選手に求めても無茶というものです。こういうときに大切なのは、良いタイムを出すことではなく無難に過ごすことです。
キャッシュフロー的に構造的な問題とかは感じません。
CFベースで見ると、年度始めに売掛金が増える傾向があるので、四半期では、営業CFが赤字のときもあるのですが、それは期ズレだけのこと。純利益ベースで四半期の数字を見ると次のような感じ。
08.07-09 971百万円
08-10-12 724
09.01-03 283
09.04-06 351
09.07-09 458
暴風雨のなかでも赤字にはなっていないことは評価できます。完全には回復していないので、今年度も厳しいですが、売上35,500百万円、経常利益3,500百万円の会社予想です。ちなみに、上半期は、売上未達で利益は上方修正でした。理由は原価率の向上と書いてありますが、何故か日本の売上比率が(傾向に逆らって)上がっていることを考えると、円高で海外の売上が過少に計上されること、及び、利益が過大に計上されること(海外生産が大半なので)、が大きな要因なのではないかと推測されます。利益ベースでドル安メリット銘柄ということです。あと、利益率が高い事業ほど、売上減少が軽微だったことも。
貸借対照表は、たな卸資産、売掛金、買掛金、それぞれ、1か月分ぐらい。ファブレス企業ということで有形固定資産も無形資産もコンパクト。研究開発費もしれています。現金が、販管費の10か月ぐらいで、多め。今後、M&Aを積極的に進めていくということなので、財務体力の良さは心強いです。数字で読み取れる部分では、何の問題もなく、よいと思います。強いていえば、製造部門が、外部委託先なので数字で図れませんから、問題があってもわかりませんが。
まあ、将来期待銘柄なので、財務諸表の重箱の隅をつつくこともないかもしれませんが、企業体質って、そうそう変わるものでもないですからね。
ワコムは、2012年3月期までに、連結売上高1,000億円以上、連結営業利益率18%以上、という財務目標(WP1018)を立てていました。大胆な計画です。しかし、これは世界的大不況で達成は、無理っぽいようです。会社側は、達成時期を設定し直すと述べています。
では、ROEを分解してみます。
ROEは、売上高純利益率 x 総資産回転率 x 財務レバレッジ、です。
下記式の、
第1項の売上高純利益率は、純利益/売上高、
第2項の総資産回転率は、売上高/総資産、
第3項の財務レバレッジは、総資産/株主持分、
3つを掛け合わせて、分子と分母を消していくと、純利益/株主持分、すなわち、ROEになります。ちなみに、貸借対照表上の数字は、当年度と前年度の数字を足して2で割っていますので、四季報とかの数字とは異なります。
19.3期=9.9% x 1.24回 x 1.56倍 = ROE19.2%
20.3期=9.5% x 1.35回 x 1.59倍 = ROE20.4%
21.3期=7.6% x 1.23回 x 1.51倍 = ROE14.1%
売上が8%ほど減っただけで、ROEがずいぶん低下しましたが、それでも10%を大きく超えています。純利益率は四半期ベースでは、前年度第3四半期の最悪期に4.1%まで下がりました(平常で4%以下という企業も多いのですよ!)。
「連結営業利益率18%以上を目指す」、コンポーネントはタブレットより、消費者までの距離が遠い分、利益率が下がる(一般的イメージですが)ように思いますが、ここが計画どおりに上がれば、かなりROEは高くなるんじゃないでしょうか。
最後に投資判断ですが、
私は、Windows7などでテーマとして盛り上がっても、その利用は「新しい物好き」の範疇にすぎないと思います。本格普及のキャズム超えは、まだ先です。息が長い銘柄の感じですから、本格投資の時期ではないと思います。ワコムでしか、なし得ないタッチパネルというのは、製品として登場すらしていません。アップルタブレットが登場すれば、市場の勢いが加速するかもしれません。ただ、ニッチ市場の盟主として、それなりに魅力ある銘柄ではありますから、その部分では買えると思います。
私ですが、もうすぐボーナスですので、ごく少額だけ購入して推移を観察し、やがて来る本格投資時期(いつまでも来ないかもしれない)に備えることとします。
ちなみに、キャズムとは、拙稿「ゴリラ企業の破壊力」で書きましたが、普及カーブのS字曲線の急上昇手前の「溝」部分です。それより手前だと、脱落リスクが高すぎるというわけです。
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今日ネットでワコム社にペンタブレット「CTH-661/W0」1器代引き希望で購入(19,980\)申し込みしました、
受付が確定しましたら代金引換で購入します。
メールでの速返が有れば幸いです。 2011/01/08-10:30発
投稿: 齋藤晴三 | 2011.01.08 10:30