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2008.07.20

ワクワクする経営者

前回に引き続き、スティーブ・ジョブス氏の話し。孤児から億万長者となり、アメリカンドリームの体現者となったジョブスは、アップル復活の立役者として有名ですが、もう一つの企業の話しを紹介します。

 1976年に21歳でアップルを創立したジョブスは、その4年後にアップルの株式上場により億万長者の仲間入りをします。しかし、85年、30歳のとき、路線対立(感情対立?)からアップル会長の座を追われ、アップル株を売却した資金の使い道を考えていました。そんなとき、ジョージ・ルーカスが、妻との離婚慰謝料捻出のため、保有するピクサー社を売りたがっていることを知り、持ち前の交渉力を発揮して、3,000万ドルを1,000万ドルに値切り、買収します。

 しかし、ピクサー社は、技術的には評価を受けていたものの、経営は赤字続きでした。1988年、ジョブスはついに、ピクサーの人員削減を決断します。その会議でのこと。

 人員削減の話しが終わり、全員が沈鬱なムードに包み込まれ、ジョブスが「ほかになにもないね」と立ち上がりかけたときだった。「スティーブ、われわれはこれをやらなきゃいけないんですが」と営業担当副社長が勇気をふるって説明し始めた。それは5か月後に迫ったシーグラフというCG団体の年次大会で上映する予定の短編アニメ制作だった。

 このとき、なぜかジョブスは黙って聞き、つぎに「絵コンテはあるのか」と尋ねた。
 絵コンテに大変感動したジョブスは、結局、数十万ドルもの出費を認める。全員が驚いた。その額は、たった今話した人員削減によって捻出した費用とほとんど変わりないからだ。何のためのリストラかわからない。(「スティーブ・ジョブス〜神の交渉力」P166)


 
 しかし、この作品「ティン・トイ」がアカデミー賞短編アニメ部門を受賞し、事態は好転し始めます。

 そして、ジョブスは、ディズニー社にアプローチを働きかけます。「全面外注はしない」という伝統を持つディズニーでしたが、ジョブスの交渉上手により、1991年、結局、「ピクサーが長編アニメ映画を製作し、ディズニーが資金を提供、プロモーション、配給もする」という最高の答えを引き出しました。
 こうして生まれたのが、「トイ・ストーリー」。ディズニーが、制作費の3倍という、すさまじいキャンペーンをやってくれたおかげで、ご存知のとおり大ヒット。そして、興行開始の1週間後という絶妙のタイミングで、ピクサーは株式上場に成功します。
 
 それもこれも、ディズニーのおかげによるところが大きいのですが、ジョブスはすかさず、契約期間途中であるのに関わらず、ディズニーに対して契約の変更を申し入れます。

 日本では、ディズニーは「お子様向け映画会社」というイメージですが、ディズニー社は、三大ネットワークのひとつABC放送も傘下に持ち、NYダウ平均株価の銘柄にも採用されている巨大メディア企業で、当時の経営者は、帝王と呼ばれたアイズナー氏。優秀な弁護士をずらりと揃えています。一方、ピクサーは、一本、作品が当たっただけの制作会社にすぎません。しかし、交渉は大成功。ピクサーは、「興行収入は、ディズニーとピクサーで折半」など、有利な条件で契約を結び直すのです。
 
 その後、「バグズ・ライフ」「モンスターズ・インク」「ファインディング・ニモ」とヒットを連発したピクサーは、さらにディズニーに強気の交渉を詰め寄ります。

 そして、2004年、ディズニーとの交渉打ち切りを宣言して世間を驚かした後、ディズニーの反アイズナー派と手を組み、ハリウッドの帝王と呼ばれたアイズナー氏をディズニー社から追い落とすことに成功。そして、2006年、ディズニー社にピクサー社を買収させて、ジョブスは、ディズニーの取締役及び個人筆頭株主に収まるのです。
 
 
 以上、権謀策士のジョブスですが、前掲書の著者であり、アップルで働いた経験を持つ竹内和正氏は、彼の魅力をこのように書いています。
 

 なぜ多くの人間がジョブスと働きたがるかと言えば
1 ジョブスと一緒なら、どこにもない「ものすごいもの」を生み出せる気がするから
2 その障害はジョブスがみごとなぐらいに取り除いてくれるから(「スティーブ・ジョブス〜神の交渉力」P148)

 そして、そのワクワク感は、消費者とも共有するものです。
 ジョブス復帰前のアップルと、復帰後のアップルは、みごとなまでに別会社です。経営者一人で、こんなにも変わるものでしょうか? 
 
 翻って、日本。
 
 かつて、日本の高度成長期に、松下幸之助、盛田昭夫といった人たちは、日本の消費者にワクワク感を与えました。彼らが新製品を世に出し、彼らの企業が成長するのと、日本国民の生活が便利に、また豊かになるのは、ほぼ同じ意味だったのです。
 しかし、現代はどうでしょう。かつてのホリエモン、また楽天の三木谷さんらが、活躍したところで、日本国民は豊かになっていると実感できるのでしょうか。いや、ますます格差が広がっていると感じさせているだけではありませんか。
 
 消費者のワクワク感、期待は、目に見えない形で企業への応援となっているような気がします。周りが応援してくれてこそ、企業は成長するもの、ではないでしょうか。
 消費者を始めとする人々の応援こそ、企業にとって、最大の財産です。

 アップルは、元ビートルズに商標侵害で訴えられたことがあります。アップルはそれに対して、「iTMSは音楽を流しているのではなく、データ転送をしているにすぎない」という苦しい弁解をします。どうみても、アップルに分が悪いものでした。
 ところが、このとき、裁判を担当する判事が「私はiPodのファンであり、自分は審理を担当すべきではない」との考えを表明します。
 結局は「公平な審理が可能である」ということで判事は変わらなかったのですが、この裁判の判決は、大方の予想を裏切りアップルの勝利でした。
 
 いわゆる割安株投資家は、ファンダメンタル価格を算出するときに、こうした目に見えない財産を換算しているのでしょうか。単に、すぐに数字にできるだけの資産を積み上げただけで、「割安だ、割高だ」といっているだけではないのでしょうか。人気のある企業は割高で、人気のない企業は割安。これは、ある意味、見えない金銭価値を表しているとは言えないでしょうか。
 先般の、消費者金融業界を襲った(理不尽とも思える)政策は、消費者に人気のないということが企業にとってマイナスの財産であることを如実に表していると思います。

 さて、日本に話しを戻します。
 そんななか、私にワクワクを感じさせてくれる数少ない日本の経営者が、ソフトバンクの孫さんです。
 以前に、街頭でヤフーBBのモデムを配りまくり、高速回線の価格破壊をやってくれた、あのようなことを、また、どこかでやってくれないかなあと、期待してしまいます。私は、ソフトバンクの株を買おうという考えはありませんが(苦笑)、それでも、孫さんは応援してしまいます。

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コメント

ジョブスの健康不安説が流れていますね
彼がいなくなった後のアップルに不安を覚えている人は多いでしょうね.
いなくなるだけでジョブスプレミアムがはがれて株価ががつんと下がりそうです.

 もしものとき、株価は大きく下げるでしょうね。しかし、もっと下がるのが、企業価値です。
 もっとも、アップルの財産は、ジョブス以外にも沢山あります。私のような忠実なMacファンが多数いることも、大きな財産です。
 ところで、今夕(7/24)の日経新聞1面コラム「あすへの話題」は、Macの広告としか思えないような文章でした。


 今のアップルの株価は過小評価されていると思います。
 

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