任天堂
2回めの投稿です。前回の投稿以後、期待の大きかったWii Fitも、かなりの成功といってよいと思います。最近、発売開始された欧州で品切れが続いているようです。
さて、任天堂の配当基準は「連結営業利益の33%か、連結配当性向50%の、いずれかの高いほう」ということになっています。その結果、20.3期は、前者を採用し、配当性向は63%という高い水準です。
前回、タビオの投稿で、配当と株主リターンについて書いたことを補足すると、こういうことになります。
ROEをX%とした場合に、
配当ゼロ企業の、対前年増益率がX%と、
配当100%企業の、対前年増益率ゼロとは、株主リターンとすれば、同じです。(実際には配当課税がありますから違いますが)
で、あらためて、それを頭に入れた上で、任天堂の20.3期の純利益増益率47.7%(円高による減益があるのに)は、すごい数字だなあと実感します。なお、19.3期は、77.2%ですね。
もう一つ、タビオの投稿で書いた、支払いと回収の関係について、追加して書いてみます。
普通、企業の資金の流れは次のとおりになります。
買掛金とは、川上企業(原材料や部品など)への支払い、
売掛金とは、川下企業(流通小売など)からの回収、
【通常の場合】
(1) 川上企業からの仕入れ(買掛金、棚卸資産発生)
(2) 川下企業への納品(棚卸資産消滅、売掛金発生)
(3) 川上企業への支払い(買掛金消滅)
(4) 川下企業からの回収(売掛金消滅)
支払いが回収より先にきますから、資金の用意が必要です。仕事が増えれば増えるほど、資金繰りが苦しくなります。儲かっているのに倒産という「黒字倒産」とは、「買掛金」と「売掛金」の間の資金調達ができなかったケースですね。
ところが、下のような場合もあります。
【資金繰りが良い場合】
(1) 川上企業からの仕入れ(買掛金、棚卸資産発生)
(2) 川下企業への納品(棚卸資産消滅、売掛金発生)
(3) 川下企業からの回収(売掛金消滅)
(4) 川上企業への支払い(買掛金消滅)
(3)と(4)が逆になっています。これだと、販管費などを除いて、手持ち資金ゼロでも、いくらでも仕事を増やすことができます。任天堂は、まさに、そのパターンなのです。
- | 手形売掛金 | 棚卸資産 | 手形買掛金 |
19.3 | 89,666 | 88,609 | 301,080 |
20.3 | 147,787 | 104,842 | 335,820 |
売掛金の数字が少ないのは、発生後、さっさと回収しているからで、買掛金の数字が多いのは、なかなか支払わないからですね。
これだけを見ると、なんと任天堂は資金効率のいい企業だろうと思います。ところが、実際は、逆なのです。多額の現金(及び有価証券)をそのまま内部に溜め込んでいます。それは、なんと、1年分の、売上原価及び販管費の合計額を上回るのです。
では、ROEを分解してみます。
ROEは、売上高純利益率 x 総資産回転率 x 財務レバレッジ、です。
下記式の、
第1項の売上高純利益率は、純利益/売上高、
第2項の総資産回転率は、売上高/総資産、
第3項の財務レバレッジは、総資産/株主持分、
ちなみに、貸借対照表上の数字は、当年度と前年度の数字を足して2で割っていますので、四季報とかの数字とは異なります。
18.3期=19.3% x 0.44回 x 1.2倍 = ROE10.0%
19.3期=18.0% x 0.70回 x 1.4倍 = ROE18.1%
20.3期=15.4% x 0.99回 x 1.4倍 = ROE21.9%
第1項から。20.3期の利益率が下がっているのは、為替差損/売上高が、5.5%あることとが主因です。為替の影響は、改めて大きいなあと思います。
下の数字は当期純利益率の推移です。固定経費比率が少ないので、売上がダイナミックなわりには、利益率の変動が少ないことがわかります。意外と安定しています。
13.3 20.9%
14.3 19.2%
15.3 13.3%(為替差損/売上高4.4%発生)
16.3 6.4%(為替差損/売上高13.1%発生)
17.3 17.0%
18.3 19.3%
19.3 18.0%
20.3 15.4%(為替差損/売上高5.5%発生)
これでは、多少の売上不振では、そうそう簡単に赤字にはなりません。赤字になるとしたら、為替その他の特別損失が出た場合でしょう。前年度の利益率は、プレステ2に負けていた時代より悪いんです。
だとすれば、ROEに大きく影響するのは、第2項の回転率です。本来は非常に資金効率が良くできているはずなのに、かなり余力を残しています。それにしても、かなり低い数字です。その原因は、現金を溜め込んでいることです。これだけの金をただ保有しているのなら、さっさと買掛金を整理してあげたらと思います。部品納入先のメガチップス(拙稿「メガチップス」でフージャースと比較しています。)など、貸借対照表に任天堂向けの売掛金がどっしりと座り込んで、すごいことになっています。これについては、毎年、決算説明会で言い訳しています。
ともあれ、構造的に回転率が低いのではありません。会社の方針として回転率を低く抑えているのです。そのため、繁忙に対して、回転率を上げることで対応できます。
第3項のレバレッジですが、無借金企業であるのにも関わらず多額の買掛金(川上企業への支払を遅らせていることは、無利息で短期借り入れをしているのと同じ)の存在が、レバレッジとなっています。
さて、このなかで、やっぱり気になるのが、多額の現金(有価証券)の存在です。第2項次第では、任天堂の力は、もっともっと伸びるのです。
「保有するお金が増えたけれどどうするんだ」とか、「お金を持ちすぎだ」とよく外部の方からご指摘をいただいています。任天堂はまず非常に大きなビジネスリスクを負うビジネスをしています。たとえばWiiやDSの開発中に、「これは絶対うまく行く」とは誰も言えないわけです。(略)
ですから、もしあの時点で任天堂に自己資金がなかったら何が起こっていたかというと、当社にいろいろな技術や部品を供給してくださるパートナーさん、あるいは製造を請け負っていただけるパートナーさんが不安に思われたはずです。不安に思って、「本当にあなたが言うように作って大丈夫なの」、「取りっぱぐれるのではないの」ともし感じられたら、任天堂が精一杯アクセルを踏んでくださいとお願いしても付き合っていただけなくなるわけです。
またもし任天堂が、「今度こういう機械を作ってお客さんに驚いていただくことにしたので、それを説明して市場から資金を調達します」、あるいは「銀行さんからお金を借ります」といっても、実際に製品ができる1年半も2年も前に全部タネをばらして、それが世の中に流通したあと、ものができたときに、お客さんに驚いていただけるとは思えません。従来的な資金利用効率から考えると、特に他の産業の方からすると極めて効率が悪いように見えるかもしれませんが、任天堂のビジネスの業態というのは、「財務体質が強くないと思い切った手が打てない」という特徴があります。
2008.3期決算説明会質疑応答
うーん。当たり外れの大きい《売切り型ビジネス》だから、ということですね。前述の利益率の推移から考えると、納得しかねる部分もありますが。だったら、任天堂の、もう一本の柱として、キャッシュフローの安定した《累積型ビジネス》(拙稿「売切り型ビジネス、累積型ビジネス」参照)が加わればどうでしょうか。
Wiiチャンネルを中心としたネットワーク事業が、それに当たります。Wii所有者のうち、ネットワーク接続数は、約50%。その8割が、ニュースや天気予報などの非ゲームコンテンツを視聴。さらに半数がショッピング等に利用しているとのことです。
もし、ネットワーク事業が軌道に乗れば、そのときは、多額の現金保有は必要がなくなります。そのときは、総資産回転率のアクセルを踏んで、ROEを上昇させることが可能です。20.3期の受取利息収益は441億円です。これこそが非効率のしるしに見えます。もっと利回りの高い事業に投ぜられたら。
ネットワーク事業の成功は、事業リスク分散のみならず、既存事業にも大きな益をもたらします。そのときは、押しも押されぬゴリラ企業です。
もっとも、ネットワーク事業が転ければ、「あの頃が売り時だったなあ」となりかねませんけどね。
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1回目 2007.05.25
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