損益とキャッシュフロー
「損益」と「キャッシュフロー(CF)」の差を「アクルアル」というそうです。アクルアルが低いほど良い。どういうことなのか、サラリーマンA氏の家計を参考にして見てみます。
サラリーマンA氏は、一昨年に500万円の給与収入があり、生活費は、450万円で、50万円を蓄えに回しました。その後、毎年10万円ずつ昇給がありますが、生活費は一定に押さえていますので、蓄えに回す額は、毎年10万円ずつ増えています。
かなり安定した家計と言えます。ここまでを見たのが、キャッシュフロー(a)です。
- | 給料収入 | 生活費 | CF(a) | 家屋(b) | 土地(c) | 損益(d) |
一昨年 | 500 | 450 | 50 | ▲100 | 0 | ▲50 |
昨年 | 510 | 450 | 60 | ▲100 | 0 | ▲40 |
今年 | 520 | 450 | 70 | ▲100 | ▲500 | ▲530 |
で、PERの根拠である損益計算書の「損益(利益または損失)」のほうはどうでしょう。
損益とは、お金の増減のことではありません。財産の評価額の増減のことです。A氏は、自宅を所有していました。家屋は、毎年古くなっていきますので、財産評価額を減らしていかなければなりません(b=減価償却)。さらに、土地が値下がりしたために、今年は、その評価額も落としました(c=減損処理)。すると、どうでしょう。損益(d)は、連続赤字で、火の車です。「損益」でみるのと「キャッシュフロー(CF)」でみるのとでは、全く印象が違います。
では、生活の実感としてどうでしょう。おそらく、A氏は、自分の家計が順調だと感じていると思います。まさか、火の車だなんて思っていないでしょう。土地価格が下がったことは、もし、売却予定があれば痛いですが、そうでなければ、むしろ税金が減ってよいぐらいのことです。
企業も同じです。理論的には「損益」は大事ですが、実感的には、「キャッシュフロー」で行動しています。じゃあ、投資家が企業分析するのには、どちらを尊重すべきでしょうか。結論は、「どちらも」です。それぞれに、役割が違います。
ただ、損益計算書は複雑で、難しいです。プロでも、粉飾を見逃してしまうことがあります。反対に、キャッシュフローは、単純にお金の流れであり、ごまかすことが困難で、素人にも分かりやすい(子供の小遣い帳と同じ)です。そもそも、キャッシュフロー計算書とは、粉飾決算が相次いだ反省から導入されたものです。
こうして、考えると、私たち投資家は、まず、キャッシュフロー計算書を確認し、さらに余裕があれば、損益計算書と貸借対照表を読むという形で、いいのではないかと思います。キャッシュフローが良いのに、悪い企業なんて思い浮かびません。
逆に、損益計算書で立派な数字が出ているのに、キャッシュフローが悪い、つまり、アクルーアル指標が悪い企業は要注意です。
具体的に企業で見てみます。
私が生まれて始めて買った株は、東証外国部(当時)のアップルコンピューターです。パソコンのマックのユーザーでありファンだった私は、ウインドウズ95に押されて「アップルは終わりだね」という声に「そんなことはない」と、応援の気持ちを込めて株を買ったのです。
私が買った後も、業績も株価もますます下がってしまったのですが、最悪期の損益とCFの推移は以下のとおりです。
- | 営業CF(a) | 損益(d) |
97-1Q | 92 | ▲120 |
97-2Q | 109 | ▲708 |
97-3Q | ▲206 | ▲56 |
97-4Q | 159 | ▲161 |
98-1Q | 143 | 47 |
98-2Q | 153 | 55 |
98-3Q | 156 | 101 |
確かに損益で見ると97年のアップルは、毎四半期赤字で、破綻寸前にさえ見えます。しかし、営業CFで見ると、一時(特殊要因あり)を除いては、販売が低迷している時期でさえ、きちんとキャッシュを稼ぐ安心企業だったのです。この後、アップルは、見事に復活し、iPod+iTunesで、時代の先端企業となります。しかし、本当の勝因は、ヒット商品を生み出したことではなく、低迷期にも、キャッシュ管理がきちんとできていたことではないでしょうか。(大好きなアップルの話は、また書きます)
逆の例を見ます。
下記は、アイシーエフという会社の、損益とキャッシュフローの推移です。毎四半期、利益は積み上がり、業績は素晴らしいものでした、損益上は。しかし、キャッシュフローを見ると、印象が全く変わってきます。ひどい状態です。この春まで、この企業は、成長率30%、PER10台という典型的な割安成長株でした。(今、ダイヤモンドZAI「株データブック」今春号を見ると、編集部は、19年度は70%増益を予想していました。)しかし、2Q後、突然に、下方修正を発表し、やがて社長は追放され、今、社名も変更し、存亡の危機に立っています。損益だけを信じていた投資家は、突然の下方修正に寝首をかかれたことでしょう。しかし、キャッシュフローを見れば、「嫌な予感がする」と分かったはずなのです。
今年、下方修正した、新興市場の割安成長株は、このパターンが多かったです。
- | 営業CF(a) | 損益(d) |
17-3Q | ▲595 | 231 |
17-4Q | ▲1079 | 240 |
18-1Q | ▲207 | 213 |
18-2Q | ▲301 | 325 |
CFがマイナスということは、先ほどのサラリーマンA氏の例を見ても、(1)生活費が給料を上回る。(2)将来に役立てるものがあるので、今は無理して買っている。の2通りしかありません。
アセットマネージャーズやフィンテックグローバルなど優秀な企業は、目の前に儲け話がぶら下がっているので(2)の道を選んでいます。しかし、そういうのは、よっぽど優秀な企業にだけ許された特権ではないでしょうか。
ほとんどのCF赤字企業は、(2)と言い訳しながら(1)との区別がつけられないのではないでしょうか。投資家がそれを判断するのは、かなり困難です。営業CFがマイナスの企業を買うのは、よっぽど自信があるときに限定してください(業界の例外あり、ただし、なぜ、例外なのかは考えてください)。逆に、フリーCFがプラスで右肩上がりなら、それだけで大船に乗ったようなものです。
PERの「E」は、このように、頼りにならない「損益(利益)」です。「E」の代りに、営業CFを入れて、POCFRとしたり、フリーCFを入れてPFCFRとしたりしたほうが、よっぽど頼りになります。
私は、損益計算書は貸借対照表と並べてじっくり見ます(拙稿「儲けのサイクル」参照)。しかし、割安度をはかるときに、PERは、参考にもしません。参考にするのは、PFCFRです。
最後に、フリーCFって何?ですが、
一般には、営業CFマイナス投資CFです。ただ、「定期預金預け入れ」みたいなのまでマイナスに入れるのは、あんまりなので、マイナスする投資CFは、自分でピックアップしています。きちんと企業価値を計算するときには、フリーCFにすべきと思いますが、おおまかに知りたいだけのときには、営業CFを使っています(らくちんなので)。